大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)5308号 判決
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〔判決理由〕三、被告らの責任
右認定の状況からすると、甲車が制限速度を越える六〇キロメートル毎時の速度で進行していたため、同車運転手において急制動を施したが本件事故の発生を回避できなかつたものであることが明らかであり、又乙車運転者においても、交差点において右折するに際し予め道路の中央寄りに移行すべき注意義務があるのにこれを怠り、前記(ロ)点附近から急に右折を開始したため、その右後方を北進中の甲車の進路を遮ぎる形となり、これが本件事故の原因をなしていることも明瞭である。それ故、右両運転者の過失は否定すべくもなく、被告会社、同国忠の本件賠償責任はその余の事項の判断をまつまでもなく原告主張のとおりこれを認めざるを得ない。
そこで、被告国雄の自白の撤回の適否について検討すする。前記乙車運転者前堀は、本件事故の翌日警察官の取調べを受け、「自分は第一種原動機付自転車の運転免許しか有していないが、事故前から、第二種原動機付自転車である乙車を第一種原動機付自動車であるとばかり思つてこれを乗つていて、事故の時は城山マーケットの近くにある被告国雄の倉庫へ行つての帰り途であり、本件交差点を右折して知人の所へ寄るつもりであつた」旨供述しており(証拠、甲第一〇号証の二)、被告国雄においても、事故の翌日警察官から道路交通法違反の被疑者として取調べを受け、「前堀には主として菓子を運ぶダットサントラックの助手の仕事を与えていたが、事故前、二、三回は同人に乙車で小さな荷物を運ばせたこともあり、同人の休暇は毎週日曜日であつた」旨供述している(証拠、甲第一〇号証の三)。しかるに、本件口頭弁論期日において、右前堀は、「本件事故の態様については警察官に話したとおりであるが、乙車に乗つたのは事故当日が初めてであり、当日は城山マーケットの近くにある被告国雄の倉庫へ行つたのではなく、友人の所へ遊びに行くために被告国雄、同国忠らに無断で乙車を持ち出して乗つたものであり、この点警察官に対する供述は気持が顛倒していて何を話したかわからない」旨供述し(証拠、証人前堀の証言)、又被告国雄は、「事故以前前堀に乙車で荷物を運ばせたことはない」旨供述し(証拠、同被告本人尋問の結果)、それぞれ前言をくつがえしている。さりながら、前堀は事故後現行犯人逮捕をなされた形跡もなく、取調べも事故の翌日であり、気持に動揺を来していたことが事実であるとしても、事故の状況については正確に供述し、これに至る経緯の説明が滅裂になるということはいかにも不自然である。
被告国雄の警察官に対する前記供述に徴しても、事故当日前堀が休暇日でなかつたことは明らかで、これと事故発生時刻(午後〇時七分)および前記被告国雄自身の供述内容の変化を総合して考察すると、右前堀の警察官に対する供述こそ利害打算を離れて真実を語つているものと解するのが至当である。これに反して、前堀の乙車運転が被告国雄の業務とは無関係な単なる私用のためのものであつたことを証するに足る措信すべき証拠はない。よつて、被告国雄のこの点に関する自白の撤回は認められず、同被告も原告主張のとおり本件賠償責任を有するものといわなければならない。(中村行雄)